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帆を張るやうに胸を張れ

同性愛者のサラリーマンのblog


猫と暮らしてゐました。

俺の実家には、俺が生まれる前から猫がゐました。
ママンが嫁いで来る前から、親父が建て替へをする前の家の縁側で、白い猫を抱いて写つてゐる写真が有るから、親父が小さい頃から、猫はゐたらしい。

俺が中学生の時に、13年生きた猫が死にました。
それまでずつと元気だつたのに、ある日を境に急に体調を崩し、食べる事も飲む事も、排泄すら儘ならなくなつてしまひました。

ママンは寿命だからと言ふ親父に、すみませんすみませんと言ひながら、二日置きに近所の動物病院に通つた。
俺も学校が無い日は一緒に行つたけれど、猫は日に日に弱つてゆき、遂には入院して点滴を繋ぎつ放しの状態になつてしまつた。
親父は一度も見舞ひにはゆかなかつたけれど、時たまママンに猫の様子を聞いたりしてゐたやうだつた。

処が猫は、体調を崩した時のやうに、ある日を境に、ぐんぐん回復し始めた。
見舞ひに行つたママンと俺の方へ、立ち上がつて歩いて来られるまでになつた。獣医の話だと、少しずつ口から餌も食べ、排泄も有つたさうだ。
家に帰つた俺は、興奮気味に親父に猫の様子を話した。
親父もママンも、少し戸惑ふやうな表情だつたのを、今でもよく覚へてゐる。

程なくして猫は退院した。
家に戻つた猫は、先づ家中を点検して周り、自分のトイレに匂ひを付け、それから安心したやうに餌を食べて眠つた。

それから猫は三日間生きて、ある日の午後、動かなくなつた。
俺は猫が死んだ事が信じられず、いつまでも膝に抱いていた。

柔らかな身体はどんどん硬く、冷たくなり、石膏の塊に毛皮を貼り付けた、作り物の猫のやうになつてしまつた。

遺体はいつもお願ひしてゐる、動物の火葬をしてくれるお寺さんに、迎へに来て頂いた。
綺麗な、穏やかな死に顔だつた。

その翌日、動物病院に残りの支払ひと、お世話になつたお礼を言ひに行つた。
俺は回復してゐた筈なのに死んでしまつた事に納得がゆかず、猫の治療をしてくれた獣医に、どうしてと質問をぶつけた。
抗議をする気持ちではなく、ただ、納得がゆかなかつたのだ。

獣医は優しい笑みを浮かべながら、俺にかう話してくれた。

「きつと、家に帰りたかつたんだよ。毎日、食べられてトイレに行けるやうになつたら家に帰れるよつて、頑張らうねつて話してたから。」

獣医はかうも言つた。

「食べられるやうになつてからで良かつたね。天国へ行つてまで点滴なんかしてたら不便だもの。」

死んでしまつた猫の身体のやうに硬く冷えた心を、温かく、柔らかい物で包まれるやうな気がした。
ママンも黙つて頷いてゐた。

納得がゆく死など無い。
死んだ猫に教はつた事。
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