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帆を張るやうに胸を張れ

同性愛者のサラリーマンのblog

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星々の子守唄降る山辺に夏深くしてやまゆり眠る

あの事件を絶対に風化させてはいけない。
二度と、あの犯人のやうな者を出してはいけない。
奪はれた命の尊さと無念さ、残された人々の怒りと哀しみを、絶対に忘れてはいけない。
今、この世界に生きている限り、無関係な人間等、一人もゐないのだから。

この三年間を通して、拘置所にゐる犯人を取材した記者の記事を読んだ。
この記者は知的障害児の父でもあり、ジャーナリストとして、また、障碍者の親族としての、二つの視点から取材をしてゐて、とても興味深く読ませて頂いた。

俺の知りたかつた事がそこには有り、また、新たに知りたい事がはつきりした。

犯人の成育歴や人生には全く興味は無いけれど、原因が有つて結果が在るのだとすれば、どのやうな家庭環境であつたのか、どのやうな養育者の元で育つたのかと云ふ、犯人のやうな者が出来上がつてゆく過程を知る中で、原因となつた事象が見へてくるのではないだらうか。

さう云ふ事を言ふと、謂れの無い疑ひを掛けられる人が出てきてしまふだらうし、“魔女狩り”のやうになつてもいけないから、一概には言へないけれど、人に生まれて、人の道を踏み外す前に、助ける事もできるのでは、とも思ふのだ。

人が人を害する事の虚しさ。
俺は、「仕方がない。」とは、言ひたくないのだ。



  1. 障碍の事
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あれから、一年。

やまゆり園の事件から、一年が経つた。
ニュースを見てゐて、改めて犯人の年齢を思ふ。
まだ、27歳なんだよな。事件当時は26歳。

俺が26歳の頃は、と、つい、思つてしまふけれど、同じ性別、同じ年齢であつても、それまでの成育環境が違へば、単純に比較する事は出来ない。

犯人はずつと、否定され続けて来たのではないだらうか。

「障碍者なんか、ゐなくなれば良い。」

そんな事を言つて、諸手を挙げて賛同してくれる人なんかゐる訳が無い。
でも、それは表向きの話だ。それが社会の常識だから。

人は皆、各々に感じる心が有る。
障碍者なんかゐなけれあ良い。第一、障碍者本人だつて大変だらうし、世話をする者だつて、さう思つてるに決まつてる。
かう感じる事を、全くの間違ひだと言へるだらうか。
各々、感じ方が違ふから、社会を営んでゆく為に、“常識”つつふ物が有るんだろ。

間違つてゐるのは、“障碍者”と“障碍”を一緒くたにしてゐる事だ。
俺も“障碍”なんかなけれあ良いと思つてゐる。でも、“障碍者”がゐなけれあ良いとは思はない。
様々な“障碍”を、人が生きてゆく上での“障碍”として一括りにはできても、“障碍者”は一括りにはできない。
だつて、一人一人違ふ人間を、一括りにする事はできないだろ。間違つてるよ。

人と人とは対等な存在だ。それなのに、障碍者だからと云ふ理由を付けて、その命を奪ふなんて、傲慢過ぎる。しかも、相手は自力で逃げる事も叶はず、武器も持たず、無抵抗だ。
どんなに恐ろしかつただらう。
想像を絶する恐怖や痛みを感じながら傷付けられ、殺されていつた被害者の気持ちを思ふと、言葉には表せない気持ちになる。やりきれない。
犯人の罪は、傷害や殺人だけではない。あの日から、沢山の人の人生が変はつてしまつた。直接、関はつた人達だけでなく、事件を知つた人達も様々な影響を受けた。


“やまゆり園”は、俺の実家の在る県、市に在ります。
数年前に、県内の養護学校の高等部を卒業し、やまゆり園を何度かショートステイで利用していた知人の息子さんは、あの日、たまたま、そこにはゐなかつた。
けれど、心にとても深い傷を負ひました。
人として、職員の方々や、他の利用者さん達と交流があつたから。
彼は職員の方や、親切にしてくれた人の名前をあげては、「死んぢやつたんだねえ。」と言つて泣くのださうです。
人の心で泣くのです。

今は、人ではなくなつてしまつた犯人も、かつては人だつた時が有る筈なんだ。
人として産まれて来て、どこから人でなくなつてしまつたのだらう。

犯人が人だつた頃、彼と人として向き合つてゐた人達は、彼の為に泣いてゐるのだらうか。

泣いてくれる人はゐるのだらうか。










  1. 障碍の事
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無意識の意識。

ちよつと、嫌な事がありました。
嫌な、と言ふのは簡単なんだけど、もつと複雑な思ひがありました。

翼はご近所の年配のご婦人に頼まれて手話を教へてるんだけど、皆さん、それは熱心に通つて来て下さるさうな。

先日、一人の生徒さんの紹介で、新しい人が入つたんだけど、その人も他の人達と同じくらゐの年代の女性で、2回目のレッスンの後、紹介してくれたご婦人に、

「〇〇さんて偉いわ。」

と声を掛けた。

「偉いなんて、どうして?」

ご婦人が聞くと、その女性は、

「だつて、障碍者に理解が有るつて言ふか、役目を与へてあげてる訳でせう?一種のボランティアよねえ、これも。」

と言つたので、ご婦人は、え、と云ふ表情で、固まつてしまひました。他の生徒さん達も、戸惑ふやうにその女性を見ました。
翼はレッスンの教材に使つた雑誌やノートを片付けてゐたんだけど、場の空気が微妙に変はつたのを感じて顔を上げました。すると、生徒さん達にお茶を出してゐた翼のお母さんが、翼に手話で、後でねと言つたさうです。

微妙な空気のまま皆でお茶を飲み、その日のレッスンは終はりました。
そしてその夜、ご婦人が翼を訪ねてきました。
皆が帰つた後、お母さんから事の次第を聞いてゐた翼は、不愉快なやうな、悲しいやうな気持ちで、ご婦人を迎へたさうな。

「変な事言つちやつて、ごめんなさいね。」

ご婦人は女性の言葉を、まるで自分が言つたかのやうに、翼に謝りました。自分が紹介した手前、自分に責任が有ると思つたのでせう。
そして、自分や他の生徒さん達は、決して翼に対してボランティアをしてゐるとは思つてゐない事、寧ろ、ボランティアで手話を教へて貰つてゐるのだと云ふ事を話しました。

『あなたは何故、手話を習ひたいと思つたのですか?』

翼が尋ねると、ご婦人は、

「英語が話せたら外国人と話せるでせう。手話が出来たら、耳が不自由な人と話せるでせう。だからです。」

翼はご婦人の屈託のない明るい笑顔と言葉に、たちまち胸の支へが取れたさうな。

俺は件の女性がことさら差別的だとは思ひません。ただ、差別は意識してする場合と、無意識にしてしまふ物があるのだと思ひます。
また、差別してはいけないと思ふ余り、逆に差別になつてしまふ事もあります。

人はみんな違ふから、その違ふと云ふ事実だけを見られたら良いと思ひます。
手を貸せる人が、手を貸して欲しい人に手を貸す事が、当たり前の世の中になつたら良いと思ひます。



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施設の虐待行為について。

ニュースになった下関市の障碍者施設。虐待行為をする職員は異常者だ。相手が誰であれ、日常的に暴言、暴行、暴力を行える訳だから、精神異常なのだろう。
そう云う人間は入院治療をするか、刑務所に入って欲しい。街中をうろうろされたら堪らない。

以前にもこの記事に書いたけれど、虐待を無意識にしている人もいる。
支援とか差別とか言う前に、自分の目の前に居るのは、自分と同じ“人間”だと云う事を忘れないで欲しい。
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それぞれの障碍受容。

あるサポート施設に居る時、自閉症の男の子が話し掛けてきた。

「これ、僕。」

彼、Kくんが手にしていたのは、漫画『光とともに…』だった。

「Kくんは光くん。」

俺が頷くのを見届けて、彼は表紙を開いた。
それから慎重にページをめくり、登場人物と部屋の中に居る子供達を、代はる代はるに指差していった。

「うん。そうだね。そうだ。」

驚いた事に、それ等の登場人物と子供達の特徴は、ほぼ一致していた。
漫画には障碍について細かく書いてある訳ではなく、あくまでも彼が感じた事だ。
職員さんに聞くと、少し前から熱心に読んでいたらしく、自分の小さい頃と重なるエピソードが出てくると、職員さんに見せに来たそうだ。

「こう云うのも、“障碍受容”って言うのかな。」

職員さんは言った。

彼の家にはお父さんの方のお祖母ちゃんがいて、このお祖母ちゃんが孫の障碍を受け入れられず、両親と衝突する事も少なくなかった。
施設に電話をしてきて、障碍を治す病院を紹介しろと言ったり、孫に良くないから他の障碍児と遊ばせないでくれと言ったりした事も有って、ご両親にも職員さん達にも悩みの種だった。

「お祖母ちゃんも、いつか判ってくれたらいいね。」

職員さんはとても優しい目をした。

「障碍は治らないけど、治さなくても良い物なんだよ、って。」






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