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帆を張るやうに胸を張れ

同性愛者のサラリーマンのblog

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令和元年長崎原爆忌に寄せて。

夕焼けの風海を染め空を染め君の帰つて来ない八月

確か、学校の授業ではやらなかつたと思ふけれど、教科書には載つてゐたのだらうか。

昭和20年の7月20日から8月14日にかけて、新潟、福島、富山、東京、福井、大阪、山口等全国30都市に49発の爆弾が投下され、死者400名、負傷者1200名を超す被害が出た。
アメリカ軍が使用した“パンプキン爆弾”と云ふ物で、長崎に投下された原爆“ファットマン”と同じ形状、大きさ、重さで造られてゐて、原爆投下の為の、爆撃機の訓練に使はれたと言ふ。
爆撃機より投下されてから、爆発するまでのデータ(気象条件に因る弾道の変化や落下速度等の)採取の為、ファットマンと同じ丸い形で、オレンジ色に塗られてゐた事から、“パンプキン爆弾”等と云ふ、兵器にはおおよそ似つかはしくない、愛らしい名前で呼ばれてゐた。
訓練とは言つても、約4.5トンもの重さが有り、十分な殺傷能力を持つ爆弾。
人殺しの計画の、その用意周到さには全くぞつとする。

これ等が確かな記録や、正しく史実であつても、長い間、アメリカは自国民に対して、

「原爆は戦争を終はらせる為に必要だつた。」

と、教へて来たので、未だ、それを信じてゐるアメリカ人は多いのだらう。

トランプが、

「ハリケーンの真ん中に核爆弾を投下して国土を守ると云ふ、ナイスなアイデアが有るのに、何故、それをしないのか。」

等と云ふ暴言を吐いてゐるのだけれど、それに対して「成る程。」と思ふアメリカ人は、どの位ゐるのだらうか。



  1. 日常
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令和元年広島原爆忌に寄せて。

夏蝶の鮮やかなれど儚くて合歓の木陰に安らいでゐる

テレビで、『この世界の片隅に』と云ふアニメ映画を観た。
何ヵ月か前に、この映画の実写版のドラマを観てゐたから、ストーリーは知つてゐたのだけれど、アニメはアニメで、心に訴へる物がありました。

あんなに素朴な絵なのに、戦争の残酷さ、理不尽さが画面から溢れて来て、観てゐて辛くなりました。
いや、辛いと言ふより、納得がゆかない居心地の悪さを感じたと云ふ方が正しいかもしれない。

誰にぶつけたら良いのか判らない苛立ち、憎しみ。
哀しみ。


さう言へば、日本は訓練やイベントにしか使はないステルス戦闘機が古くなつたので買ひ替へるのだとか。
そもそも、ステルス戦闘機等、必要なのか。
他の戦闘機は、他国の領空侵犯に対する警告や民間機の安全確保等に必要だらう。
でも、ステルス戦闘機はどうか。
レーダーに捕捉される事無く他国の戦闘機に近付き、撃ち落とす為か。
戦争になるぞ。

全く、国は要らない物ばかり買ひ込みやがるけど、全部、税金だぞ。
イージスアショアだつて、そんな物配備しなくても、この前買ひ足したイージス艦を三ヶ所に配備すれば、日本全体をカバーできるらしいぢやないか。

災害の被災者を、いつまでも不自由な仮設住宅に住まはせているくせに、そんな物を買ふのにばかり金を使ひやがる。
いつ攻撃してくるのか判らない敵よりも、毎年、襲つてくる災害の対策ぢやないのか。
  1. 日常
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星々の子守唄降る山辺に夏深くしてやまゆり眠る

あの事件を絶対に風化させてはいけない。
二度と、あの犯人のやうな者を出してはいけない。
奪はれた命の尊さと無念さ、残された人々の怒りと哀しみを、絶対に忘れてはいけない。
今、この世界に生きている限り、無関係な人間等、一人もゐないのだから。

この三年間を通して、拘置所にゐる犯人を取材した記者の記事を読んだ。
この記者は知的障害児の父でもあり、ジャーナリストとして、また、障碍者の親族としての、二つの視点から取材をしてゐて、とても興味深く読ませて頂いた。

俺の知りたかつた事がそこには有り、また、新たに知りたい事がはつきりした。

犯人の成育歴や人生には全く興味は無いけれど、原因が有つて結果が在るのだとすれば、どのやうな家庭環境であつたのか、どのやうな養育者の元で育つたのかと云ふ、犯人のやうな者が出来上がつてゆく過程を知る中で、原因となつた事象が見へてくるのではないだらうか。

さう云ふ事を言ふと、謂れの無い疑ひを掛けられる人が出てきてしまふだらうし、“魔女狩り”のやうになつてもいけないから、一概には言へないけれど、人に生まれて、人の道を踏み外す前に、助ける事もできるのでは、とも思ふのだ。

人が人を害する事の虚しさ。
俺は、「仕方がない。」とは、言ひたくないのだ。



  1. 障碍の事
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八度目のさんてんいちいち沈丁花

タイトルは、今年の三月に詠んだ句です。

先日、夕食を食べてゐたら朋也が来ました。
出張の土産を持つて来てくれたんだけど、連絡も無く、突然、やつて来た上に、とても疲れた顔。
翼も凄く心配して、夕食は一旦中断して、朋也の話を聞くことにしました。

出張先は宮城県。
朋也の上司が、朋也が多賀城市の出身なのを知つてゐて、今回の出張のメンバーに選んでくれたさうです。

介護付き老人ホームへ貸し出してゐる機械のメンテナンスと新商品の紹介等、業務的にはいつもやつてゐる事だから、問題は無かつたらしいのだけれど、入居者の方に協力してもらつて、デモンストレーションを奴ゐた時に、それを見てゐた他の入居者の間から、突然、声が上がつたさうだ。

「○○!」

男性の名前を叫びながら、ヘルパーさんが止める間も無く、車椅子の男性が前に出て来たと云ふ。

「俺の顔を見てたんだよね、そのおぢいちやん。凄い怖い顔でさ。」

朋也はその時の事を思い出してゐる様だつた。
てつきり、クレームでも食らつたのかと思つたら、それは朋也にとつて、もつと辛い事だつた。

朋也がその方に、どうかされましたか?と声を掛けると、その男性は、

「危ない!○○、逃げろ!」

と叫んだのださうだ。
車椅子を押して、その場を離れようとするヘルパーさんに、全身で抗いながら、最後は泣きながら、

「○○!逃げろ!津波が、津波が!」

と。

「凄い息が苦しくなつて、その場に座り込みさうになつたけど、おぢいちやんに言つたんだ。おぢいちやんの手を握つて、『大丈夫。津波はもう来ないよ。俺も大丈夫だつたし。みんな居るから、もう、大丈夫だから。』つて、言つたんだ。」

後で施設長さんと、ヘルパーの主任の方が、謝りに来てくださつて、あの入居者の男性は、津波で娘さんと、その息子であるお孫さんを亡くされたのだと話してくれたさうです。
朋也も被災者なのだと聞いて、他県出身の施設長さんも宮城県出身の主任さんも、上司も、みんな泣いたさうです。

「8年、経つてんだよね。でも、無くした物は戻つて来ないしさ、何も変はつてないんだよね。」

俺は、頷く事しかできませんでした。
経験した人にしか入れない場所に踏み込む方法は無いし、また、踏み込む事はしてはいけないのです。

ただ、話を聞いて、想像して、気持ちを共有する事はできます。
さう云ふ支へが必要な時、俺は朋也の傍に居たいと思ひます。

止まつた時間を抱いたまま、朋也の“今”は進んでゆきます。
今を生きてゐます。













  1. 日常
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春寒し御世は令和と定まれり

出典が万葉集だからか、それとも、世のお祝ひムードのせいなのか、平成になつた時よりも、何故だか初めから馴染み易い気がする、令和。

翼が訳してくれと言ふので、令和の引用元である万葉集の一節をささつと訳してみた。

早春の二月。この素敵な月に風は柔らかにそよぎ、ドレッサーの前の御粧しガールの白粉のやうに梅は咲き、他所行きのドレスに燻らせたパヒュームのやうに蘭は香る。

かなり、自分好みな訳になつてしまつたけれど、天皇から防人まで、立場や年齢や性別を超へて詠まれた人々の暮らしの記憶は、とても愛惜しく、とても大切な物だと、改めて感じました。




  1. 日常
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